東松山市民文化センターでコンサートツアー「ロマンティックな衝動」の初日をスタート、オーチャードホールも無事終わり、快調にライブツアーに出発しました。是非見ていただければ嬉しい!のですが、例年より少し凝った作りに、ホンの少しショウアップとかエンタテインメントという言葉を意識しました。ずーっと前から歌いたいと思っていたマイ・カラーリング・ブックは荒川ヒロキさんの映像がスバラシク、とてもロマンティックに仕上がっていると思います。今年はアルバムを出さなかったので、その分旧曲が増えお客様は喜んで下さっています。又かねてから歌いたかった歌などを歌えて私も納得しています。森山良子「ロマンティックな衝動」、皆様のお近くに参りましたら是非いらして下さいね。
さてそのかたわらで長いお付き合いの少女の頃からのアコガレ、加山雄三先輩の芸能生活50周年をお祝いする為にザ・ヤンチャーズというバンドが結成され「座・ロンリ―ハーツ親父バンド」という曲がリリースされました。メンバーはさだまさしさん、南こうせつさん、谷村新司さん、THE ALFEE、そしてオヤジバンドなのに何故か私もメンバーとなり、ライブやテレビ番組等で皆で楽しくオヤジバンドしてます。
今回は涙そうそうの事を書いてみようと思います。ご親族や大切な方を亡くされ年月を経ても心に巡り来る拭い去ることの出来ない悲しみを抱えている方々へ。
日頃から「涙そうそう」にまつわるメールやお便りを沢山頂きます。あるライブで出会った「Begin」から届けられた「涙そうそう」のメロディに詞を付けたのは12年程前の事でした。兄が急性心不全により突然24才で逝ってから約25年が経っていました。国体にまで出場する程、バスケット部で元気に体育館を走り回っていた健康体だったのですが…。
「涙そうそう」とは涙がぽろぽろあふれて止まらない様子の意味と聞いた途端、いつも心の中深く沈めてあふれ出さないようにしていた兄への想いが堰を切った様に一気に喉元までかけ上がりました。それまでも何度も何度も一人兄を想っては、とりとめのない感情を吐き出すようにただ、ただ泣き、泣く事で自分を納得させ慰めようとしていました。人には言わない、言っても仕方のない事だから、悔しい無念の気持ちを心深く押し込めて、父も母も私もお互いをいたわり合うように生きていました。そんな事の繰り返しの日々から少しの冷静さが生まれ、兄のいない人生を受けとめる目標のようなものが見えてきました。
それは長く生きられなかった兄の人生も私は生きるという事でした。それがただ1つ私が出来る事であり、それが兄から手渡された絆なのだとはっきり意識する事が出来るようになりました。メソメソしていると「泣いていたって始まらないぞ。お父さんとお母さんを助けてやれ。しっかり生きてゆけ。」と言っている声が聞こえて来るようでした。お星様になった兄はいつでもどんな時も私を見ている、亡き父と共に励まし見守っていてくれる。
とりとめもなく書き始めてしまいましたが、この事は語り尽くせない悲しみのお便りを下さった皆様に少しでも心のアドバイスになれば…と思います。
心の中で脈々と息づいている人をいつも思い、いつも考えていると、いつか自分はその人の存在と共に生きている…って思える日がきっと来ます。悲しんで絶望に打ちひしがれているばかりでは彼等がこの世に生きた意味がなくなってしまいます。彼等の分も精一杯生きて、どうだ文句あるか!!ってお空に話しかけてみる。「よくやったな俺の分も(私の分も)ガンバったね。」って言われてみたいものですね!
悲しみや苦しみは乗り越える為にあると聞きます。
時間がかかると思うけれど頑張って

